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東京地方裁判所 平成6年(ワ)1395号 判決 1996年2月13日

原告

水野正道

右訴訟代理人弁護士

山川豊

被告

株式会社梅澤

右代表者代表取締役

柗田亮次

右訴訟代理人弁護士

外井浩志

被告

真田陸運株式会社

右代表者代表取締役

真田季秋

右訴訟代理人弁護士

若林秀雄

蓬田勝美

右訴訟代理人若林秀雄訴訟復代理人弁護士

高田享

主文

一  被告株式会社梅澤は、原告に対し、金九二八万九〇三二円及びこれに対する平成六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告真田陸運株式会社に対する請求及び同梅澤に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社梅澤との間においては、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告株式会社梅澤の負担とし、原告と被告真田陸運株式会社との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、各自、三二一六万五七〇〇円及びこれらに対する被告真田陸運株式会社につき平成六年二月二四日から、被告株式会社梅澤につき同年二月二五日から、年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、荷物の運搬作業中、リフトのワイヤーの切断事故に遭って負傷した原告が、使用者に対しては、雇用契約上の安全配慮義務違反を、リフトの設置管理者に対しては、第三者との間の売買契約上の安全配慮義務違反等に基づく損害賠償を、それぞれ請求した事案である。

二  前提となる事実(争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実)

1  当事者

(一) 訴外株式会社梅澤(以下「訴外梅澤」という。本店所在地愛知県名古屋市中区錦三丁目二二番三四号)は、各種食料品、清涼飲料水、酒類及び日用雑貨の仕入、販売並びにその代理業務等を目的として、昭和二一年一二月二七日設立された会社である。

訴外梅澤は、昭和五八年四月五日販売部門を独立させるため、被告株式会社梅澤(以下「被告梅澤」という。)を設立し、被告梅澤は、同年一〇月一日訴外梅澤が営業に関し第三者に対して負担する債務を引受けた。

(この項につき、甲七、乙四、証人戸谷敏彦、弁論の全趣旨)

(二) 被告真田陸運株式会社(以下「被告真田陸運」という。)は、貨物自動車運送事業等を目的とする会社である。

(三) 原告(昭和八年一月一七日生)は、昭和五五年一一月四日被告真田陸運に運転手として雇用され、見習期間を経て(昭和五六年四月一日本採用)平成五年一月一七日満六〇歳の定年により退職した者である(甲二、四、丙一、原告本人、被告真田陸運代表者本人)。

2  売買契約等

訴外梅澤は、昭和五六年九月一日ころ、訴外森永製菓株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、清涼飲料水缶ケース三〇個(重量約一五〇キログラム。以下「本件缶ケース」という。)の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、訴外会社は、その履行のため、被告真田陸運との間で、貨物運送契約を締結し、同社に対し本件缶ケースを訴外梅澤東京支店に運搬するよう依頼した。

3  本件労災事故の発生

原告は、次の労災事故(以下「本件事故」という。)により、頸椎挫傷、第二、第三腰椎骨折、両踵骨開放骨折、全身打撲等の傷害を受けた。

事故の日時 昭和五六年九月二日午後二時ころ

事故の場所 東京都品川区南大井三丁目二一番一六号所在訴外梅澤東京支店

被害者 原告(本件缶ケースを運搬)

事故の様態 原告が本件缶ケースを載せた台車(車輪はゴム製)とともに荷物運搬用の簡易リフト(以下「本件リフト」という。)に搭乗し、二階倉庫に向かい上昇中、突然ワイヤーが切れ、原告は、本件リフトごと落下した。

4  後遺障害

原告は、本件事故により大田労働基準監督署長の労災認定を受け、昭和六二年三月三一日症状が固定し、頸椎挫傷、第一、第二腰椎圧迫骨折、両踵骨骨折、全身打撲により障害等級併合九級の認定を受けた(甲一)。

5  損害の一部填補

原告は、労働者災害補償保険法一五条に基づく障害補償給付(障害補償一時金)として、三〇〇万八四六三円の給付を受けた。

三  本件の争点

本件の争点は、被告らの責任の有無及び原告の損害額である。

1  被告らの責任原因

(一) 原告の主張

(1) 被告梅澤の責任

① 本件売買契約に付随する安全配慮義務違反

訴外梅澤は、訴外会社との間の本件売買契約上の付随義務として、訴外会社の履行代行者である被告真田陸運の履行補助者たる原告に対しても、その生命、身体の危険を予見し、結果発生を防止すべき信義則上の安全配慮義務があるのにこれを怠り、原告に対し、本件リフトの使用を指示し、または、原告の使用を黙認したうえ、点検整備等の安全措置をとらなかったため、本件事故が発生したものであるから、右義務違反に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任を負うべきところ、被告梅澤は、訴外梅澤が第三者に対して負担する債務を引受けたから、原告に対し、損害賠償責任がある。

② 労働契約類似の社会的接触関係に付随する安全配慮義務違反

訴外梅澤は、同社東京支店において、原告をして、訴外梅澤の指揮命令の下に労務を提供させ、原告は、事実上、訴外梅澤の指示を拒否できない立場に置かれていたものであり、訴外梅澤と原告との間には労働契約に類似する社会的接触関係があったというべきであるから、右関係に基づく付随義務として、原告に対し、その生命、身体の危険を予見し、結果発生を防止すべき信義則上の安全配慮義務を負うべきところ、訴外梅澤は、前記①と同様、これに違反したものであるから、原告に対し、損害賠償責任がある。

(2) 被告真田陸運の責任(雇用契約上の安全配慮義務違反)

被告真田陸運は、原告との間の雇用契約に基づき、労働過程から生じる危険につき、その生命、身体の危険を予見し、結果発生を防止すべき信義則上の安全配慮義務を負うべきところ、被告真田陸運は、履行補助者として、原告を訴外梅澤東京支店への運搬業務に従事させていたから、原告の訴外梅澤東京支店内における荷物の運搬方法等を把握したうえ、訴外梅澤に対し、本件リフトの安全点検をなさしめ、さらに本件リフト使用の指示の撤回等を要請すべき注意義務があるのに、これを怠り、右措置をとらなかった結果、本件事故が発生したものであるから、右義務違反に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告らの認否及び主張

被告らの負うべき義務の内容及び被告らの義務違反の事実については、いずれも争う。

被告梅澤が原告に対し、本件リフトの使用を指示し、または、黙認していたことはない。

本件リフトは、荷物専用で人の搭乗は禁止され、そのための掲示もしてあり、近くに人の乗降用のエレベーターや階段もあったのに、原告がこれを無視して本件リフトに搭乗した結果、本件事故が生じたものであるから、本件事故発生の原因は、専ら原告の不注意にある。

(1) 被告梅澤

被告梅澤と被告真田陸運、被告梅澤と原告との間には、いずれも何らの契約関係もなく、被告梅澤と原告とが何らかの法律関係に基づく特別な社会的接触関係に立つものではない。

仮に、被告梅澤に何らかの過失があるとしても、原告は、禁止されている本件リフトに搭乗した点で少なくとも八〇パーセントの過失があるから、原告の損害額の算定に当たっては、右過失を斟酌すべきである。

(2) 被告真田陸運

被告真田陸運は、訴外梅澤東京支店における個々の従業員の具体的な作業手順まで把握しておくべき義務はなく、原告が本件リフトに乗るという説明はされていなかったから、被告真田陸運に過失はない。

2  損害額

(一) 原告の主張

(1) 休業損害一四一四万六六八九円

原告は、本件事故により、症状が固定した昭和六二年三月三一日から被告真田陸運を退職した平成五年一月一七日までの五年九か月一七日間休業を余儀なくされたところ、原告の本件事故当時の平均月収は二〇万三四〇九円であったから、その間の休業損害は、右金額となる(なお、原告は、事故日から症状固定日までの分について、労災保険による休業補償給付を受けた。)。

(2) 逸失利益 七二二万七四七四円

原告は、平成五年一月一七日退職したが、本件事故による後遺障害の結果、労働能力の三五パーセントを喪失したものであり、症状固定時の昭和六二年賃金センサス第一巻第一表・産業計企業規模計・男子労働者・学歴計・六〇歳ないし六四歳の年収額は、三五一万五三〇〇円であるから、右金額を基礎とし、退職時の六〇歳から六七歳までの逸失利益を新ホフマン方式により算定すると、右金額となる。

(3) 慰謝料 一〇八〇万〇〇〇〇円

本件事故による原告の慰謝料としては、入通院慰謝料として五〇〇万円、後遺症慰謝料として五八〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用二九一万〇〇〇〇円

(二) 被告らの認否

原告の損害額については、いずれも争う。

(三) 被告真田陸運の主張

原告が支給された障害補償金は、障害補償一時金三〇〇万八四六三円のほか、障害特別支給金、障害特別一時金を合計した三五八万〇五七九円である。なお、原告は、遅くとも昭和六〇年一〇月一七日以降退職までの間は、休職扱いとされていた。

第三  争点に対する判断

一  本件事故の状況等について

1  前記前提となる事実に、甲一、四、乙一の1ないし11、二、三の1ないし11、五、丙二、三、証人戸谷敏彦、原告本人、被告真田陸運代表者本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 訴外梅澤東京支店は、本件事故当時、一階、中二階及び二階を倉庫として使用し(三階から上は事務室等として使用)、各階ごとにメーカー別、商品別に荷物の置場所を定めており、納品に際して運転手が一階事務所の受付に行くと、倉庫係の高橋正治(以下「高橋」という。)が指示をして指定した場所まで荷物を運搬することになっていたが、訴外会社の商品は、二階に置くよう指定されていた。

本件事故当時、一階受付には朝のうちを除き、高橋しかいなかった。

(二)(1) 本件リフトは、訴外梅澤の社屋建築に伴い、昭和四九年七月荷物運搬用に設置された巻胴式の簡易リフトであり、最大積載量は、八〇〇キログラムである。なお、昭和六二年一〇月以降は使用されていない。

本件リフトの一階じゃばら式の扉(一階には扉が前後の両方にある)の上の壁には、本件リフトを設置した巴車輌工業株式会社が目安として貼った「(荷物専用)人のとう乗厳禁」と記載されたステッカーがあり、乙一、三各撮影当時(乙一は平成六年七月一二日、乙三は同年一二月一五日)、中二階、二階の鉄製扉の上にも同様のステッカーが貼られていた痕があり、また、中二階、二階の扉には「最大積載量八〇〇kg」と書かれたプレートが貼られていたほか、中二階の扉には、「荷物専用人の乗車厳禁」と書かれた紙がテープで貼られていた。

本件リフトの扉の横には、各階連絡用の電話機が設置されている。

(2) 本件リフトには、人が数人乗れる程度のスペースはあるが、リフトの内部に操作盤や照明設備等はない。

本件リフトの側面の二方は下部が鉄板、上部が金網の囲いがあるが、前面と後面及び上方は開放されており、リフト全体の密閉性はない。

本件リフトの底面には、鉄板上に滑り止めの網目様の突起が施されている。また、リフトの底面と外部の床面との間には人の身体が挟まれるほどの隙間はない。

本件リフトの操作は、手で扉を閉め(扉の開閉は、一階から二階まで把手により内外どちらからもできる。)、外部から昇降ボタン(下から順に非常、GL、1、M2、2と記載されている。)を押す必要があり、ボタンを押しても扉を閉めないと本件リフトは作動しない。

(三)(1) 原告は、本件事故当時、被告真田陸運において、得意先の注文を受けて被告真田陸運の倉庫に運ばれた荷物を車に積み、一人で得意先の指示する場所に運搬する業務に従事していた。

原告は、訴外梅澤東京支店に月に二回位行っており、本件事故までに二〇回位行ったことがあった。

訴外梅澤東京支店における原告の作業手順は、トラックの荷台を一階のプラットホームに着けた後、倉庫係の高橋に伝票を渡し、高橋の指示により台車に荷物を載せ本件リフトに乗ると、高橋が外から扉を閉め、昇降ボタンを押して原告ごと本件リフトを二階に上げ、その後、事務所脇のエレベーターを利用して二階まで来た高橋が外から扉を開け、原告が台車を押して本件リフトから下りて荷物を下ろす手順になっており、降りるときは、昇るときとは逆に原告が空の台車とともに本件リフトに乗ると、高橋が外から昇降ボタンを押して、本件リフトを一階に降ろし、高橋はエレベーターで一階まで降りることになっていた。

(2) 原告は、本件事故当時、トラックで本件缶ケースを訴外梅澤東京支店に運搬し、それまでと同様、高橋の指示により本件缶ケースを台車に載せて本件リフトに乗り、高橋が外から扉を閉めて昇降ボタンを操作し、本件リフトを上昇させていたところ、本件リフトが二階に到着する直前、突然本件リフトのワイヤーが切れ、原告は、本件リフトごと落下した。

原告は、事故後直ちに病院に搬送されたため、事故後に行われた警察の事情聴取には立ち会わなかった。

(四) 訴外梅澤東京支店次長(当時。なお、大森営業所長を兼務)をしていた戸谷敏彦(以下「戸谷」という。)は、本件事故当時外出中であり、本件事故の状況は直接知らなかったが、高橋から、原告が本件リフトに勝手に乗り込み、ワイヤーが切れ、落下して大けがをした、原告が本件リフトに乗ったことは知らなかったという報告を受けた。

高橋は、事故当日に行われた警察の事情聴取に際しても、警察官に対し、原告が本件リフトに乗ったことは知らなかったと説明した。

戸谷は、本件事故以前から訴外梅澤の従業員に対しては本件リフトへの搭乗禁止を周知させていたが、従業員以外の者への注意はしていなかった。

戸谷は、証人尋問において、本件事故の原因は本件リフトのワイヤーの磨耗による切断であり、被告梅澤東京支店は、本件リフトを設置してから本件事故までの間に本件リフトの点検をしていなかったと述べている。

(五) 被告真田陸運は、本件売買契約に基づき、訴外梅澤東京支店に訴外会社の商品を運搬していたものであるが、訴外梅澤東京支店には原告を含めて本件事故当時在籍していた約一〇人の運転手を一通り行かせていた。

被告真田陸運の代表者真田季秋(以下「真田」という。)は、本件事故が起きる以前、得意先の挨拶回りのため、訴外梅澤東京支店を訪れた際、被告真田陸運の運転手が一階で台車に積込みをしている様子を見たことがあるが、本件リフトに乗るところは見なかった。

真田は、これとは別に、高橋の案内で訴外梅澤東京支店二階の訴外会社商品の納品場所を見せてもらったことがあり、その際、高橋から二階までの荷物の運搬方法の説明を受けたが、高橋の説明は、運転手が台車に荷物を積み、本件リフトに台車を乗せ、自ら昇降ボタンを押して、本件リフトで荷物を上げ、運転手は近くのエレベーターに乗って二階に上がるという内容であった。

真田は、運送業者の仕事は荷受先が指定した場所まで運搬するのが仕事であると理解しており、訴外梅澤東京支店においては、訴外梅澤の指示により二階まで運搬することが納品であると考えていた。

真田は、本件事故の発生を高橋から電話で聞き、高橋から聞いた内容を労働者死傷病報告(丙二)に記載し、療養補償給付請求書(丙三)の現認者氏名欄は、高橋が記載した。

真田は、被告真田陸運代表者本人尋問において、本件事故の翌日、原告以外の運転手に対し、訴外梅澤東京支店における荷物の運搬方法を尋ねたところ、他の運転手らはエレベーターを使用し、本件リフトに乗ったことがあるという者はいなかったと述べている。

2(一)  本件事故の原因について

本件事故は、本件リフトのワイヤーの切断により発生したこと、本件缶ケースの重量が約一五〇キログラムであることはいずれも当事者間に争いがなく、また、前記認定のとおり、本件リフトの最大積載量が八〇〇キログラムであり、本件缶ケースの重量に台車の重量及び原告の体重を加えても、それが右最大積載量に達しないことは明白であり、前記の認定事実によれば、本件事故において他の要因が加わった事情も認められないから、本件リフトのワイヤーの切断が、本件リフトの最大積載量を超過したことによるものでないことは明らかであるところ、証人戸谷の証言によれば、本件リフトは、設置以来、本件事故までの間一度も点検されていなかったことが認められるから、本件リフトのワイヤーは、相当程度磨耗していたものと認めることができ、本件事故の原因は、原告が右ワイヤーの磨耗に気づかずに、本件缶ケースを台車に乗せて本件リフトに乗ったことにより本件リフトのワイヤーが切断されたことによるものと認められる。

(二)  訴外梅澤東京支店における原告に対する指示内容等について

甲四、原告本人尋問における原告の本件事故前後の状況についての供述中には、訴外梅澤東京支店の当時の倉庫係は高橋ではなく、松浦または杉浦であり、また、本件リフトの底板にぎざぎざはなく、つるつるであったとする等記憶内容に混乱がみられないわけではないが(他に、例えば本件事故以前に訴外梅澤東京支店において、被告真田陸運の運転手の金城棟博が本件リフトに足を挟まれる事故が発生したと述べているが、証拠上判然としない。)、本件事故以前の原告に対する高橋の指示内容及び本件事故の状況等については、具体的に供述しており、概ね信用できるものと考えられる(周辺事情の記憶のあいまいさのみをもって、原告の記憶の正確性を問題にすることは相当でない。)。

これに対し、被告梅澤は、当時の訴外梅澤東京支店においては、倉庫内の商品の置場所はあらかじめ決まっており、高橋が一度指示すれば、それ以降については指定された場所に運搬するだけであるから、改めて運搬先を指示するようなことはなく、また、本件リフトは荷物専用であるから、原告に対し、高橋が本件リフトに乗るよう指示していたようなことはないと主張するが、商品の置場所が決まっていることと、指示に必要性の有無とが直ちに結びつくものではなく、運送業者が配達先の指示もないのに、自発的に建物内にまで立ち入り、エレベーター等を利用して階上にまで荷物を運搬していたとは考えにくく(前記認定のとおり、被告真田陸運代表者本人によっても訴外梅澤東京支店においては、二階まで運搬することが納品になるとの理解である。)、原告の訴外梅澤東京支店への配達頻度、回数等の事情を考慮しても、高橋の具体的な指示内容は別として、原告は配達の都度、高橋の指示を受けていたものと推認することができる。

また、本件リフトに乗るよう高橋が指示していたかどうかについては、なるほど前記認定のとおり、本件リフトには内部に照明設備もない等一見すると、その構造上直ちに人が搭乗することを予定したものとみることはできないが、他方で本件リフトには人が乗れる程度のスペースは十分あるうえ、原告が高橋の指示もなしに本件リフトを使用していたとすることも容易に考えられず(原告本人供述によれば、本件リフトに人が乗らないものという認識すらない。)、本件リフトの昇降ボタンがリフトの内部にはなく、外側にしかないこと、原告が付近のエレベーターを使用せず、本件リフトに搭乗しなければならないほどの事情は他に認められないこと等を考え併せると、原告が自ら本件リフトに搭乗していたとみるのは不自然であり、高橋が原告に対し、本件リフトに乗るよう指示し、かつ、その操作を行っていたものと認められるところ、さらに、原告本人によれば、少なくとも、原告に関しては、右のような状況は反復的に行われていたものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  本件事故当時、搭乗禁止のステッカーが貼られていたか否かについて

原告は、本人尋問において、本件リフトの出入口の壁に「(荷物専用)人のとう乗禁止」というステッカーによる表示はなかったと述べるが、乙一の5、8ないし10、乙三の1、7、8、証人戸谷、被告真田陸運代表者本人によれば、右ステッカーは、本件リフトの設置当時から貼られていたものであることが認められ(同様のステッカーは一階だけでなく、中二階及び二階にも貼られていた痕がある。)、右認定に反する原告の供述は、採用できない(ただ、可能性だけの問題でいえば、本件事故当時、仮に中二階と二階のステッカーが剥がれていたのであれば、一階部分が剥がれていても不思議ではなく、また、乙一と撮影時期が異なるとはいえ、乙三の7、8のステッカーは、ガムテープで貼り直した跡がある一方、乙三の3の写真左下隅にステッカーが置かれている点をどのように評価するか等の問題は残るが、いずれも疑問ないし推測の域を出ない。)。

二 前記前提となる事実及び右の認定事実をもとに、被告らの責任について検討する。

(一)  被告梅澤について

原告は、訴外梅澤と訴外会社との間の本件売買契約の履行として訴外会社と被告真田陸運との間の運送契約に基づき、本件缶ケースを訴外梅澤東京支店に運搬したものであり、その地位は、訴外会社の履行代行者たる被告真田陸運の履行補助者にすぎず、本件事故当時、訴外梅澤と原告との間に直接の契約関係があったとはいえないが、他方、訴外梅澤は、自己の支配領域内である東京支店において、本件売買契約の履行として、訴外会社と被告真田陸運との間の運送契約に基づき、その履行補助者たる原告に対し、前記認定のとおり、自己の従業員である高橋をして、二階倉庫までの本件缶ケースの運搬を指示させたうえ、その施設の一部である本件リフトに乗ることを反復して指示させたものであり、このような場合、たとえ訴外梅澤と原告との間に直接の契約関係がなくても、訴外梅澤と原告とは、訴外会社との間の本件売買契約に基づき特別な社会的接触関係に入った者というべく、訴外梅澤は、本件売買契約上の付随義務として、訴外会社の履行代行者である被告真田陸運の履行補助者たる原告に対しても、その生命、身体の安全等を危険から保護するよう配慮すべき信義則上の義務を負っているというべきである。

ところが、訴外梅澤は、前記認定のとおり、本件リフト設置後、本件事故に至るまでの間、本件リフトの点検等をしていなかったにもかかわらず、業務により訴外梅澤東京支店の施設を利用する第三者に対する関係において、本件リフトへの搭乗禁止の趣旨を徹底せず、漫然と高橋が原告に対し、本件リフトに搭乗するよう指示していた事態を放置した結果、本件事故が発生したものであるから、右義務違反に基づき、原告に生じた損害を賠償する義務を負うべきである。

そして、右義務は、訴外梅澤の営業に関して生じたものというべきところ、被告梅澤が訴外梅澤の第三者に対する営業上の債務を引受けたことは当事者間に争いがないから、被告梅澤は、民法四一五条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任があることになる。

(二)  被告真田陸運について

被告真田陸運は、原告との間の雇用契約に基づき、労働過程から生じる危険につき、その生命、身体の危険を予見し、結果発生を防止すべき信義則上の安全配慮義務を負うが、その内容は、安全配慮義務が要求される趣旨に従い、業務内容や労働環境等に応じて必要かつ相当な方策を講じれば足りると解されるところ、本件において、被告真田陸運代表者の真田が訴外梅澤東京支店を訪れ、本件リフトを見せてもらうとともに高橋から二階までの荷物の運搬方法の説明を受けた際、本件リフトに人が乗るという説明はなく、被告真田陸運において、本件リフトの構造その他から自社の従業員である運転手が本件リフトに搭乗することを知りうる状況にはなかったものと認められるから、被告真田陸運についてこの点の安全配慮義務違反を認めることはできないというべきである。

三  損害額

(一)  休業損害ないし逸失利益

八〇二万四九九四円

訴状において原告が請求する休業損害は、昭和六二年三月三一日の症状固定日以後の分であり、その性質は逸失利益と解されるから(なお、原告は、事故日から症状固定日までの分については、労災保険による休業補償給付を受けている。)、この点についてだけ判断する。

甲一、四、原告本人、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により大田労働基準監督署長の労災認定を受け、昭和六二年三月三一日症状固定(当時五四歳)となり、頸椎挫傷、第一、第二腰椎圧迫骨折、両踵骨骨折、全身打撲により障害等級併合九級の認定を受けたものであるが、現在も松葉杖を使わないと歩行できない状態にあることが認められ、原告は、右後遺障害により前記症状固定の日から六七歳に達するまでの一三年間を通じて、その労働能力の三五パーセントを喪失したものであり、本件事故に遭わなければ、少なくとも症状固定時の平均賃金月額二〇万三四〇八円を得ることができたと推認されるので、右金額を基礎とし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して一三年間の逸失利益の症状固定時の現価を算定すると、八〇二万四九九四円(一円未満切捨て)となる。

203,408円×12月×0.35×9.3935=8,024,994円

(二)  慰謝料八四〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の部位程度、入通院期間、後遺障害の程度その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、本件事故による原告の慰謝料としては、入通院慰謝料として三〇〇万円、後遺症慰謝料として五四〇万円が相当である。

(三)  右合計額

一六四二万四九九四円

四  過失相殺

原告は、被告梅澤の倉庫係の高橋の指示があったとはいえ、人の搭乗が禁止されている荷物運搬用の本件リフトに搭乗した結果、本件事故に遭ったものであるから、この点に過失があるというべきであり、双方の過失を対比すると、原告の損害額から三〇パーセントを減額するのが相当である。

すると、原告の被告梅澤が原告に対して賠償すべき損害額は、一一四九万七四九五円となる。

五  損害の填補

甲一によれば、原告が労働者災害補償保険法一五条に基づく障害補償給付として、三〇〇万八四六三円の給付を受けたことが認められるから、右填補後の原告の損害額は八四八万九〇三二円となる(なお、障害特別支給金、障害特別一時金については損害の填補とは認められない。)。

六  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情に鑑みると、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、八〇万円をもって相当と認める。

第四  結語

以上によれば、原告の被告株式会社梅澤に対する本件請求は、九二八万九〇三二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるが、同被告に対するその余の請求及び被告真田陸運に対する本件請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官河田泰常)

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